MRTの仙骨無痛療法を受けて 薬を手放すことができるようになり、※1霊止乃道を歩むようになる
体験談
2023/10/11
| 性別 | 女性 |
|---|---|
| 年齢 | 71歳 |
頭痛 肩凝り 薬の副作用 脱毛
仙骨無痛療法を受けて長年飲んでいた薬を一切飲まなくなる
幼少期の頃から呼吸器系が弱く、薬を欠かすことがありませんでした。咳ひとつ出ても病院に行き、早く治したくて欠かさず薬を飲んでいましたが、肺炎になってしまい、忙しく過ごしていた三〇代の頃には、毎年三月になると肺炎で入院することが四年間くらい続きました。
MRTに出会った頃は頭痛と肩凝りがひどく、毎日のように頭痛薬を飲み、同じ薬だと効かなくなるため薬を換えたりしていました。マッサージにもよく行き一ヵ月に三万円くらい使っていました。その頃、私の健康状態を知っている方から、「浜松に仙骨を治良するところがあって、乳癌の人や膝の悪い人がそこに行って良くなっているから、きっとあなたもそこに行けばよいと思うけど…」と紹介され、一九九三年の三月に初めてMRT浜松に行きました。
初めてのMRTの仙骨無痛療法は一瞬で終わってしまい、これで良くなるのかと思いましたが、帰りにスッキリした感覚があり、これは良いかもと感じ、とにかく三ヵ月は続けてみようと思い今に至っています。
初めは「病気になったら病院に行って薬を飲まなければ治らない」という思い込みが強かったので、MRTで仙骨治良を続けながらも薬を飲み続けていました。逆行のことも知り、逆行がひどく出て仙骨治良を受けて家に帰ると頭が痛くなり吐いていました。それでもなかなか頭痛薬が手放すことができず、実際に薬を飲まなくなるまでは一年くらい掛かったと思います。
その後、薬の副作用でわずか一〇日間に髪の毛、眉毛、まつ毛と、全身の毛が全て抜けてしまいましたが、病院に行く気持ちにはならず、ひたすら回復を待ちました。
ウィッグを両面テープで付けて働くことができたので、ひたすらMRTを信じて髪が伸びるまで七年くらい掛かりましたが、自分を信じるとても良い経験になりました。これまでに飲んだ薬の量を考えたら、その副作用が顕れて全ての毛が抜けたことで命が助かったことを感じます。
父の姿から※2間練ぶ
父は胃癌の末期で手術をして五年経ったところでMRTに通い、半年後に亡くなりました。最後は病院側が父の大腿骨が骨折していると診断して、本人が全く自覚症状がないときに手術をして、その後、車椅子の生活になりました。父がさんざん不自由な生活をしてきたことを見てきた私は、たとえ自分が癌になっても病院に行って手術をすることはしたくないと思いました。
MRTに近い場所に住みたいと引っ越す
私が長年住み慣れたところはMRTから遠く、まだ身体の状態もあまり良くなっていなかったので、MRTに近い場所に住みたいと、二〇〇六年に浜松市に引っ越しました。浜松市に来てからは体調が良くなり本当に良かったと、やはり※3守護乃神霊に導かれたのだと感じました。
MRTに行く度にRTの先生にお話し頂き、自分は常に想いを出して行動していることがわかり、その後、他の仕事に就いて他人との接し方が変わったことや、想念を出さず淡々と仕事ができるようになったことを感じるようになりました。浜松に移住して大型店舗のレストランの厨房で働いていましたが、オーダーがたくさん入るとどのようにしたら効率的に動くことができるか中真感覚を養う経験をしました。オーダーの伝票が並ぶと一件ずつやっていたのでは時間が掛かってしまうので、まとめて三件ぐらいを見て食材を準備して同時に作れるものは作るようにしていました。七〇歳が定年と決まっていたので、その後はどうしたらよいか悩んでいましたが、六五歳になったときに仕事の時間を減らされてしまい、このままではMRTへ行く治良費が稼げないと思っていると、近くのコンビニがちょうど募集していて、面接してもらうとすぐに決まりました。オーナーの奥さんには勇気があると言われました。コンビニは初めて知ることばかりで覚えることが多く、慣れるまでは本当に大変でした。いろいろなお客様が来るので、毎回道術をしているつもりでお客様と接しています。印象深いところでは、自分がお客様の立場で考える余裕がなく、レジ袋がいらないと思い込み、そのまま差し出したら「袋!」と怒鳴られて「必要か聞けよ!」と言われたことがありました。 いろいろな立場の人がいるので伺うことが大事であり、根本である中真感覚を磨くことの大切さを感じました。
師尚の御講話に参加して
以前、師尚が浜松に来られたときに、御講話と仙骨治良と道術の稽古に参加させて頂いた中で「魂を太らせていく」という御言葉が印象に残りました。道術の稽古で師尚の手首を掴ませて頂きましたが、全く力が入っていなくて柔らかかった感触を覚えています。とにかく近くにいさせて頂くと場の空気が違うと感じました。定年退職してすぐに霊止乃道講話に参加させて頂き、師尚の御姿を拝見し御講話を拝聴し、とても心地良く安心感を得られました。今一番の中真に向かうことを達成したことで自分の中真が安定し、バイブレーションを高められたことにより、今後も前に進むことができるように守護乃神霊よりコンビニという働く場を二ヵ所も与えて頂き、仙骨治良を続ける収入を得ることができるようになりました。この歳まで生かされるとは思っていませんでした。母が五〇歳、父が六九歳で二人とも癌で亡くなったので、自分も母のように五〇歳か父のように六九歳までかなと思っていましたが、生かされているのは霊止乃道を歩むためであると受け止めて、淡々と霊止乃道を歩んでいきます。
※1 霊止乃道:霊としての自覚を持ちながら、「絶対・完璧・完全/い・き・ん」なる法則とともに歩む道のこと。詳しくは『霊止乃道』(たま出版)、『霊止乃道 神の御仕組み』(徳間書店)をご参照ください。
※2 間練び:霊止乃道の「まなび」とは、頭脳で学習することではありません。それゆえ、「学」という漢字を使いません。霊止乃道の「間練び」は、神(絶対法則)の示されることと自分の理解で観えることに生じる隙間を練って、練って、練り続けることでだんだんとその間を小さくして、神(絶対法則)に近づいていくことを顕しています。練るときに使うのが中真感覚です。
※3 守護乃神霊:人の背後には、それぞれの霊的な存在がいて、私達を常に見守り、導いてくださっています。それが守護神、守護霊、指導霊であり、総称して『守護乃神霊』とお呼びしています。守護乃神霊は私達の前にその姿を顕すことはなく、背後から見守ってくださっている存在です。このことから、「宇司露」「宇司露乃方」などとお呼びすることもあります。
※体験談は個人の感想であり、仙骨治良による効果を説明するものではありません。